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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)115号 判決

秋田県男鹿市船川港新浜町九番地

上告人

諸井喜代治

右訴訟代理人弁護士

金野繁

秋田市土崎港中央六丁目九番三号

被上告人

秋田北税務署長 松浦正治

右指定代理人

藤井光二

右当事者間の仙台高等裁判所秋田支部昭和五〇年(行コ)第二号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年八月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人金野繁の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚して原判決を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本林譲 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 栗本一夫)

(昭和五二年(行ツ)第一一五号 上告人 諸井喜代治)

上告代理人金野繁の上告理由

原判決及び第一審判決には、判決に影響を及ぼす法令の違反がある。

一、原判決は、昭和四三年法律第二三号による改正後の租税特別措置法(以下措置法という)三八条の六第四項本文及びただし書の解釈適用を誤つたものである。

すなわち、同法第三八条の六第一項で定める事業用資産の買換えの場合の、譲渡所得の金額の計算の規定の適用を受けるためには、同法三八条の六第四項本文でこれらの規定の適用を受けようとする者の、譲渡資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、(イ)これらの適用を受けようとする旨、(ロ)並びに譲渡をした当該譲渡資産の譲渡価額、(ハ)取得をし、又は取得をしようとする買換資産の明細、及びその取得価額、又は見積額、(ニ)その他大蔵省令で定める事項の記載をしなければならないとあるが、同法三六条の六第四項ただし書では確定申告書に必要な事項の記載、若しくは必要な書類の添附をしなかつたことにつき、税務署長において止むを得ない事情があると認める場合において、当該記載をした書類の提出があつたときはこの限りでないと規定する。

ところで、乙第四号証申告書の譲渡(長期)の項目中、収入金額欄に金一、六六七万六、七九一円の記載があるから前記(ロ)の要件を具え、又特別控除額欄に金一、二〇〇万〇、〇〇〇円の記載があるから前記(イ)の要件を具えている。又甲第八号証の一の異議申立書二枚目表4の記載で明らかなとおり、前記(ハ)の要件に該当する記載(ただし他の書面を引用)をしているばかりでなく、甲第八号証の一による異議申立の申立理由とその書面の提出で、措置法三六条の六第四項ただし書の「当該記載をした書類」とその提出があつたものと解すべきである。

そもそも措置法三八条の六第四項の法意は、原判決の如く税額確定手続における画一的かつ的確な処理を可能としたものと解されるが、若しそうだとすれば、確定申告書の記載及びその提出にしろ、それに代る書面の記載及びその提出にしろ右目的に合するに必要であればそれで十分である。

その書面の形式によつて被上告人側が制定したことが明らかな乙第四号証の申告書用紙の形態とその形式から記載を要求されている事項に鑑みて、その必要性と十分性を逆に推定すると、それ程厳格な記載を要求し、又取扱いを厳しくしているものとは解されず、上告人の主張する書面の記載と提出で、必要にして且つ十分と思料される。

しかも被上告人の税務署長は止むを得ないと認めたからこそ措置法三八条の六第一項の適用の有無、すなわち、実質審理をなして棄却処分をなしたものであり、止むを得ないと認める裁量行為の形式は何んらの規定もないのであるから、棄却処分の中でその裁量行為を外部に又上告人に表明し、伝達したものと解される。

二、結局、租税法律主義の理念からすれば、納税者が措置法の適用方を申請しようとしまいとその徴収は違法であるが、徴税者側の取扱いに便宜なように、措置法三八条の六第四項本文の形式的、手続的要件をかかげているのであり、徴税者である被上告人が異議の手続において実質審査をなし、上告人の手続違反を問責していない以上、その後被上告人が訴訟で争つたとしても、一種の権利の放棄、ないし行政処分の拘束力により、本来の租税法律主義に立ち帰り実質審理である措置法三八条の六第一項の買換資産の適用を裁判所において審理しなければならないところである。

要するに第一審判決、及び原判決はこの理を誤つた違法がある。

三、上告人が措置法三八条の六第一項の適用を受けるための手続要件である、同条の六第四項本文違反があつたとしても、被上告人は、右第一項に該当しないとして実質審理をなしたことは同条の六第四項ただし書の要件を具備したものとして講学上、いわゆる受理行為があつたものと解される。

更に、実質審査をなして異議を棄却し、上告人にこの処分を伝達した以上、行政行為の公定力により被上告人自身をも拘束するものである。

受理行為による上告人の利益ないし棄却処分により、上告人が実質審理を受ける利益などを賦与する行政行為の撤回は原則として許されないと解される(大正一五年六月二二日行判録七〇八頁、福岡高判昭和二八年一二月二四日行裁例集四巻一二号二九六九頁)。

結局、被上告人が訴訟手続の中途において、上告人の右手続違反を主張することは、受理行為ないし自らなした実質審理の棄却処分を撤回するものであり、違法である。

四、本件で取消を求める処分は、昭和四五年五月九日になされ、これに対する上告人の異議申立手続に、被上告人は一〇〇日を要して実質審査をなした。

又上告人の第一審裁判所に対する訴状の提出は、昭和四六年九月二一日であり、被上告人が措置法三八条の六第四項本文の手続要件を欠くと主張し始めたのは昭和四七年六月一二日付準備書面からであり、その間、専ら、異議手続においても又訴訟手続においても措置法三八条の六第一項の適用の有無につき、攻撃防禦が展開されて来た。

このような事情の下においては、手続要件の欠缺の主張は信義則ないし禁反言の法理に反するものであり、これを看過した第一審判決及び原判決はこの点でも違法である。

五、以上の法令違反がないとすれば、第一審判決、及び原判決は、措置法三八条の六第一項の適用の有無を判断したものと解されるから、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以上

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